お笑い

大谷翔平の兄はトヨタの選手兼コーチ!野球人生は相当な苦労人!?




 

メジャーで日本人初のサイクルヒットを達成し、進化を続ける日本の至宝・大谷翔平選手。

その大谷選手には、7歳年上の兄がいます。

大谷翔平選手と同じく長身でルックスもカッコいいと話題になっています。

 

 

現在は、トヨタの社会人チームで選手兼コーチをしていますが、弟の活躍とは裏腹に野球人生では苦労の連続だったようです。

弟が飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していくのを、兄としてどう思っていたのでしょうか。

そこで今回は、「大谷翔平の兄の野球人生」「兄の弟の活躍に対しての思い」について調べてみました!

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大谷翔平の兄は大谷龍太

大谷翔平さんの兄は、大谷龍太さんとおっしゃいます!

プロフィールはこんな感じの方です。

  • 出身:岩手県奥州市(旧水沢市)
  • 生年月日:1988年3月20日
  • 年齢:31歳(2019年6月現在)
  • 身長:187cm
  • 体重:87kg
  • ポジション:外野手
  • 投打:右投げ右打ち

やはり身長が187cmと高いですね( ・∇・)

顔の雰囲気も大谷翔平選手になんとなく似ています。

翔平選手は学生時代から160kmを出すなど注目の選手でしたが、龍太さんの学生時代はどうだったのでしょうか?

学生時代から苦労人だった!?

中学時代

龍太さんは、岩手・水沢南中学時代は軟式野球部に所属していました。

中学では4番を打ち、センターかサードを守りながらチームの中心選手として活躍していました。

強豪校からの誘いを待ち努力する日々でしたが、チームが弱く、身長が大会が終わるまでは低かったため、スカウトの目に止まることはありませんでした。

そのため、高校は一般受験で地元の県立前沢高校を受ける事になります。

受験に合格し、県立前沢高校で甲子園を目指す日々が始まります。

ただ、この高校選択は龍太さんにとって運命のいたずらだったかもしれません。

高校時代

龍太さんは、高校時代は3番打者として活躍し、3年生の夏には地方大会で3勝しますが、甲子園出場の夢は叶いませんでした。

その3年生の時(2005年夏)の岩手大会を制したのは、就任間もない佐々木洋監督が率いる花巻東高校でした。

花巻東高校と言えば、弟の大谷翔平選手の出身校としても有名な野球の強豪校です。

龍太さんはこの高校選びについて「花巻東の話がなかったわけではなかった」と語っており、もし花巻東高校に進学していたら「もう少し早く佐々木監督と出会っていたかもしれませんね」と悔しさもにじませていました。

しかし、まだ野球に対する熱い想いのある龍太さんは、社会人として働きながら野球を続けることを決意します!

社会人になってからも試練が続く

高校を卒業した後は、工場勤務をしながら、水沢市(現・奥州市)を拠点に活動するクラブチーム水沢駒形野球倶楽部に入部し野球を続ける事になりました。

しかし、クラブチームの環境は厳しいもので、なかなか思うように練習もできなかったそうです。

向上心を常に持っていた龍太さんは、環境を変えるべく独立リーグに応募することにしました。

応募したのは、独立リーグとして有名な四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグスでした。

見事に合格した龍太さんは、今まで野球をほとんど独学でやってきたこともあり、最初からよく怒られていたそうです。

ただ、目標は小さい頃からの夢であるプロ野球選手であり、2年間ここで奮闘しました。

3年目の契約をしようと思っていたところ、龍太さんの運命を変えるオファーが訪れる事になります!

地元・岩手での企業チームからオファー

このオファーには1ヶ月ほど悩んだそうですが、「社会人チームが減少している事」「地元のチームである事」が決め手となり、オファーを受ける事になります。

チーム名は「トヨタ自動車東日本硬式野球部」

このチームが発足したのは2012年のことでした。

この野球部はいわば復活と言えるもので、2005年に前身の関東自動車工業硬式野球部が休部になり、7年の時を経て岩手工場を拠点に復活。

そこへトヨタグループとの統合があり、現在のチームとなりました。

そして、2012年秋から日本選手権予選から公式戦に参加する事になるわけですが、そこは復活したばかりの社会人野球部。

苦難の連続でした。

最初は苦難の連続だった

スタートした時のチーム人数はわずか13人で、2年目ぐらいまでは夜勤明けや出勤前の早朝に練習する事もあったそうです。

当然、専用グラウンドなどはなく、今でも小学校の体育館を改装した室内や校庭跡地で練習する日々が続いているんだとか。

試合をすれば負けが続き、年下の大学生相手にも負けてしまう事もあったそう。

これだけの苦難が続く中で、弟は日本野球界のスターになり、現在では世界のスーパースターになっていく姿を見て、複雑な思いを抱くことはなかったのでしょうか。

兄の弟の活躍に対する思い

人間であれば、いくら身内でも自分のできないことを次々と成し遂げていく人間を見たら流石に嫉妬心が湧いてしまうものです。

ましてやその対象が世界一のプレーヤーと言われる存在ですから、その思いも通常とは比較できなきぐらいのものでしょう。

龍太さんが翔平さんの事をどう思っていたのか。

それは意外にも、全く嫌な感情を持ったことはないそうです。

年齢が7歳離れていたことから、あまり一緒にいる事もなく、野球を一緒にやった事もほとんどなかったんだそう。

家に帰ってくると普通の弟が、メジャーリーガーとしてテレビで活躍している姿を見ると不思議な感じなんだそうです。

もう一ファンとして応援しているんだそうですよ( ・∇・)

そして、ここが一番大切な部分かなと思いました。

「僕は僕で野球をやっていましたし」

比べてしまったら、同じ兄弟でも才能の違いに悔しい思いをしてしまいそうですが、龍太さんはご自分と翔平さんを比較する事なく、自分の実力を磨く事に集中されていたところが本当に素晴らしいなと思います。

その甲斐あって、2019年7月17日に遂に東京ドームで全国デビューする事になりました(*゚▽゚)ノ

今年の都市対抗本大会は、こちらの大谷選手にも凄い注目が集まりそうです!

今年の夏は、大谷兄弟に大注目です!

最後まで読んでいただきありがとうございました(^ ^)

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